≪ 毎日の家庭料理ですからチョット工夫して新鮮に、『新感覚蒸し料理』 | メイン | 小春日和に鰺の干物作り ≫
2008年03月29日
投稿者 管理人 : 2008年03月29日 07:14
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コメント
綺麗な部屋は飾りではないと言う事ですね先生(^^)
住まう。雨露をしのぐ事から落ち着く、生活の営みの知恵を凝らす、またそのことで向上していく人間性を考えれば、限られた空間と、それを見詰める事が重要になってくると思います。
ル・コルビュジエの発想した集合住宅と、似ても似付かぬ物件がひしめく日本の不動産事情はともかく、豊かになって生活水準が上がっているにも関わらず、心が充足するような暮らしを手に入れるのは不得手に映る人が多い。
便利な道具が多くあることが便利な生活を約束してくれない。
清潔な環境を作る筈が汚染に結び付いたり、自然に影響を及ぼしたり、経済の原理が自分の住まいだけの狭い視点を突く消費を促したり、人間を離れた衣食住(食品偽装も然り)が蔓延する世の中で、今こそ自分の空間と向き合う事は必須ではないでしょうか。
即ち清掃、汚れない工夫、動線を確保する、物を置く、置かない、捨てる捨てない、風水etc・・。そして生きる事は考えること。思考を巡らせる場所、そして肩の力を抜く場所。家の中にも存在するオン、オフ。全てが明確な意識が必要です。それはくつろぎの対極にあるように見える故か、日常の反復がもたらすリズムが先延ばしにするのか、看過を生みます。必要な情報としては受け取っているのですから。
帰る場所がしっかりすると言う事。コーヒーも香りで目覚め、まっとうなパンを食べる。部屋に訪問する自然・・太陽の光、季節を運ぶ風、揺らぎを呼び起こす音、全てがいとおしい・・。
生きる事を愛せない生活が、どれ程負担になるか。
投稿者 オリハルコン : 2008年04月01日 01:48

